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たかが宅建!されど宅建!!



ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが

12月5日(水)は「平成24年度 宅地建物取引主任者資格試験」合格発表の日でした!


この国家資格試験、 試験日は平成24年10月21日(日)☆

受験日から合格発表まで 約1ヵ月半という長い待機期間があります!


年に一回行われるこの試験は、

毎年10月の第3日曜日が試験日! 12月の初めの水曜日が合格発表日とされていて

受験者が20万人に迫る一番人気の国家資格試験と言われています!


合格率は例年14%~16%! 比較的取得し易い国家資格でもあるのですが

20人中、合格者は3人程度! 何とも微妙な合格者数です!!

毎年合格点数が定められておらず

その年の社会情勢や受験者の得点に寄って合格ラインが変わる

受験者をふるい落とすための試験とも言われていて 少しくせのある試験でもあります。


合格発表がされたこの時期、受験された方々の心中に思いを馳せているところです!





もう4年も前になりますが・・・・・


平成20年! どちらかと言えば気軽な気持ちで 私もこの資格試験受験を決めました!

思い返せば懐かしくもありますが、二度とやりたくないと強く思う体験でもありました!!



今日は、 ここ数年 この時期が来ると必ず浮かんでくる

私の忘れられない思い出を綴りたいと思います。










平成20年 宅地建物取引主任者資格試験を受験することとなったきっかけは

前年 同試験に一発合格された方からの薦めによるものでした。



宅建主任者という資格のことは良く耳にする機会があったように思いますが

不動産業を営むうえで必要な資格だくらいの認識でした。


しかし 日常的ではないにしろ 仕事上 又 私生活において

土地建物・駐車場の売買や賃貸借などの取引の場面に関係する機会があることや

叔父が宅建主任者であることのほか 友人が過去に受験したこともあり

興味が無かったわけではありませんでした。


50歳を過ぎて専門学校に通うことになろうとは思いもしませんでしたが

独学で勉強を続けられるほどの自信はありませんでしたし

講義を受けて学習を進めて行くのが良いだろうと考え

薦めて頂いた方と同様 大原専門学校に入学することと致しました。


選択した講座は、4月中旬開始の「完全合格週2コース」(水曜日の夜・土曜日の午後の講義)。

受講生の年齢は様々で、当時22歳になる私の次男より年下と思われる方

また私よりも年上の方々もいらっしゃいました。



平成20年4月16日、これからどんな6ヵ月になるのだろうという期待と緊張感の中

講義は宅建業法から始まりました。

先生の講義は 明瞭でテンポが良く しかも情熱が感じられる

私にとりましてはとても心地良い授業でした。


宅建業法の内容はそれほどの違和感もなく、新しい知識が得られてゆく楽しさに興味津々でした。

4月・5月は私にとって一年中で一番仕事の忙しい時期ということもあり

講義は休まず受講していたものの復習はほとんどしていませんでした。


それでも5月24日に行われる宅建業法の定例試験に備え徐々に問題集に取り掛かりましたが

授業を受けていて理解していたはずの事柄が問題を解く段になるとさっぱりわからないという状況に

慌てていました。


結局一夜漬けまがいにトレーニング問題集を3回転位は解き

20問中18点の合格点をなんとか取れるのではないかくらいの気持ちで定例試験に臨みました。



しかし予想に反して結果は散々なものでした。ずいぶんと久し振りの試験ということもあり

元々緊張癖のある私は自分の名前を記入する時点で手が震えていました。


出題された問題は勉強した問題集と同じような内容だったと思いますが

出題のされ方で迷いが生じ 失点を恐れるあまり慎重になり一問一問に時間をかけ過ぎてしまいました。

制限時間の40分間で15問しか解くことができず、得点は13点でした。


合格点を取れなかったのも勿論ですが、全問を解き切れなかった自分が情けなく思え

同時にくやしい気持ちで一杯でした。




宅建業法の定例試験が終わり、5月下旬民法の講義が始まりました。

宅建業法の定例試験の結果を受け心構えを一変し授業を受けていました。

講義を聞いている時点では理解も出来ていたと思います。


6月に入り仕事もひと段落し宅建の勉強に時間を取れるように成りましたが

実際真剣にトレーニング問題集に向かい始めたのは6月中旬からでした。


問題集1回転目は相当な時間がかかりました。

問題や選択肢の内容を図式化しなければ理解することが困難なものが多く

イライラするほど厄介なものでしたが、テキストや解答解説を見ながら繰り返し取り組むことで

少しづつ問題に慣れてゆくことができました。



この頃からは、とにかくこの勉強を克服しなければ宅建合格はないと強く思うように

なっていましたので、毎日机に向かうようにしていました。


しかし、仕事を終え帰宅して夕飯を済ませ勉強に取り組むことは

眠気との戦い、そしてやりたくないという気持ちを乗り越えなければならないことなど

辛い毎日でもありました。


あれこれ考えても、結局問題集を解かなければ何の進歩もないことは

分かり切っていたことでしたから勉強から逃れることはできませんでした。


平日は夕食後1時間~4時間、休日はほとんど外出もせずに日中から夜中まで

休み休み8時間~9時間位は 問題集と格闘していました。




7月12日、民法の20問定例試験が行われました。

2回目の定例試験ということで、宅建業法のときの失敗を繰り返さないようにとの気構えと

勉強したという自負を支えに問題に向かいました。


ひと通りやり終えて見直す余裕もあり、もしかして満点かと ほくそ笑んでもいましたが

結果は18点。合格点を取ることは出来ましたが、失点はケアレスミスと細部の勉強不足でした。



このときから、満点を取るつもりで注意深く細かい部分まで勉強して行かなければ

本試験で合格を勝ち取ることは出来ないという思いが大きくなっていました。


7月中旬、民法というひとつの大きな山を越え、最後の法令上の制限・税諸法令が始まりました。

私にとって、先生の講義はとても分かりやすく快適に感じられていましたので

授業はある意味楽しいものでした。


民法の授業の中盤過ぎまでは復習のみをしていたのですが

予習をすることで授業を受ける気持ちに余裕を持たせようと

法令上の制限・税諸法令に入る少し前から受講する範囲のテキストを読み

問題集を2回転程解くようにしたためか尚更そう感じていたのかもしれません。



暗記中心と聞いていた法令上の制限・税諸法令のトレーニング問題は

予想以上に手古摺り大変なものでした。


覚えたつもりでも、すぐに忘れてしまうというもどかしさと苛立ち

そして覚えきれないのではないかという不安との対決でした。


宅建業法・民法にも言えることですが、数字の暗記には悩まされました。

特に法令上の制限・税諸法令では数字の暗記は重要なポイントとなっていましたので

とても厄介なものでした。

数多い語句や数字を丸暗記することはなかなか困難であったため

講義の中で教えて頂いたゴロ合わせに加え、自己流でゴロ合わせを考えたり

テキストを視覚でイメージ化することなど

あれこれ工夫しながら忘れては覚え込むことを繰り返す毎日でした。



法令上の制限・税諸法令の講義も 1回また1回と終了して行きましたが

終了する度に 宅建業法、民法と合わせ復習しなければならない試験範囲は

確実に広がって行くことになりました。




8月中旬、5日間の夏期休暇にはそれまでの復習をまとめてやる予定でいたのですが

ちょうど開催されていた北京オリンピックの日本人選手の活躍や

高校野球ファンの私にとって、静岡県代表常葉菊川高校が夏の甲子園で豪快な戦いぶりをみせ

決勝戦に進出するという見逃せない誘惑を振り払うことなど到底できず

2カ月半離れていた宅建業法の復習と法令上の制限・税諸法令の残りの範囲の予習を

行うに止まりました。



8月30日、法令上の制限・税諸法令の20問定例試験が行われ

勉強の成果を発揮することができ手ごたえも良く

満点かもしれないなどという思いもありましたが、結果は18点。

満点を目標に勉強してきたつもりが、民法に続く2点の失点が意味することに

今更ながら思い知らされた気がしていました。


この試験はそんなに甘くない!もっと慎重に取り組まなければ私の合格はないという思いから

1からの出直しを考え実行することにしました。



試験問題は正誤を問う四者択一がほとんどなので、消去法で答えを導き出すことも

出来ることがありますが、やはり問題と選択枝の内容をしっかりと把握する読解力と

判断力が重要ですので、中途半端な勉強や暗記は返って迷いやケアレスミス、早合点を

誘うことになりがちです。





9月に入ると各分野毎の演習が行われましたが、ここで取り組むことになった

演習問題は四者択一ではなく、ひとつひとつの記述を正誤で答える形式で

ここに来ての復習には効果的だったと思います。


本試験まで1ヵ月半となったことや、9月下旬から10月上旬にかけて実施される模擬試験に向け

全分野のテキストの読み直し、トレーニング問題集・演習問題に連日取り組みました。



宅建業法・民法は予想通り忘れてしまっていることが多く手古摺りましたが

不安な気持ちを振り払うためには問題を繰り返しひとつでも多く解くことでした。

模擬試験の結果に自信をもつことができるよう過去10年間の本試験の過去問を買い求め

ひと通り挑戦することにしました。


嬉しいことに合格基準点を5点から12点上回る得点で

過去10年間の本試験問題をクリアすることが出来ましたが

特に民法については どの年度も結果ほど得点できている実感はありませんでした。




ここまで、トレーニング問題集、演習問題、本試験過去問に取り組んで来ましたが

注意していたことは、問題集に書き込みをしないことでした。

どんな書き込みにしても、それをヒントに答えを出せてしまうことを恐れたからです。

問題を解くときには常に先入観の無い気持ちで向かうように心がけていました。




勉強は充分にやってきたという思いと、まだまだやり残したことが沢山あるという思いが

交錯する中で4回の模擬試験を受けることになりました。

どれも難しいと感ずる模試ではありましたが、1回目から3回目までは時間的余裕もありました。

4回目の統一模試はまったく余裕のない難解なものだったという印象です。


自己採点は、1回目43点、2回目43点、3回目44点、4回目38点。 (50点満点中)



この得点には正直ほっとしましたが、まったく実感のないものでした。

どの模試でも難解であった民法で予想外に得点できていたことが

その要因ではなかったかと思います。



この模試の結果は最終補講で手にすることになるのですが

本試験後、合格発表までたいへん不安な日々を過ごさなければならなくなる

要注意事項を目の当たりにすることになりました。





10月11日、配られた模試の結果には驚きました。

自己採点とは違う得点表示がなされていたからです。どの模試にも採点不能の箇所があり

1点から5点、自己採点よりも低くなっていたのです。


原因は薄すぎたマークにありました。

このときからシャープペンシルの芯をすべてBに入れ替えましたが

元々文字を書くときタッチを軽くするくせがある私にとっては

マークは要注意であることを再認識させられた出来事でした。




本試験までの一週間、全分野のトレーニング問題集、演習問題、本試験過去問

そしてテキストの最終チェックに取り組みました。


どんなに注意深くやっているつもりでもケアレスミスをしてしまう

何度もやっているのに忘れてしまう自分がいて

最後まで本試験に対する不安な気持ちを拭い去ることはできませんでした。



試験前夜10時頃に勉強を終え、最後のチェックは当日の朝に目を通す事とし

早めに就寝することにしました。


自分としては出来る限りの勉強はしてきたし

模試の結果でも現在の実力を発揮すれば合格確実のAランクの評価も受けている。

どんなに難しくても、とにかく自分を信じて最後まで諦めず挑戦しよう。

もしかしたら案外簡単に出来てしまうかもしれない。

などなど本試験に思いを馳せながら眠りにつきました。





平成20年10月19日午後1時 試験開始!!


民法・法令制限・税価格評定・宅建業法・諸法令統計と配列された試験問題全50問の

どの問題から取り組んでゆくかがポイントでしたが

取り組む順序は 宅建業法→諸法令統計→法令制限→税価格評定→民法とし

無難に30問目から始まる宅建業法から取り掛かることにしました。


宅建業法は得点を稼がなければならない科目でしたので、自分に落ち着くように言い聞かせ

問題と選択肢をじっくりと読み、引っ掛けに注意を払いながら解いて行きました。


一発勝負という意識から緊張感の高まって行くなかで、なんとか一問一問進めて行きましたが

35問目・36問目に差し掛かったとき怪しい雲行きに動揺しはじめていました。


四者択一ではなく、正解個数そして正解組合せを問う問題が連続出題されており

しかも難解! 確実に刻まれてゆく時間をひしひしと感じながら時計を見れば15分以上が経過!


得点源のはずの宅建業法で私にとってはかなりの難問に 気持ちはあっけなくも折れかかっていました。


いままで勉強し解いてきた練習問題や過去問は一体何だったんだろうと思ってしまうくらい

この時点での 予想を上回る難易度に これから続く諸法令統計・法令制限・税価格評定・

難解な民法の問題を思うと 一瞬、早くも諦めの気持ちでいっぱいになっていました。



何とかしなければ! 弱気になってゆく気持ちを振り払おうと深呼吸をしたように思います。


精一杯勉強してきた日々のこと、応援協力してくれた家族のこと

「自分に勝つ!」と毎日毎日自分を奮い立たせてきたこと

頑張ってきた自分を信じるしかないのだということなどなど

数秒の間にいろいろなことを考えていたと思います。


とにかくタイムアップまで諦めず取り組もうと問題に向かいました。



しかしながら このとき私は完全に平常心を乱し、引っ掛けを恐れるあまり疑心暗鬼に陥り

この後の問題がすべて難問に思えてしまっていました。


回答に時間がかかり過ぎ民法に取り掛かったのは2時10分を過ぎていたと思います。

まだ何とかなる時間だ!と自分に言い聞かせましたが

民法の見たことのない出題に圧倒されていました。


時間がないと思う気持ちがあせりに変わり、問題や選択肢を目で追っているだけで

内容が頭に入って来ない!


「落ち着いて!がんばれあともう少しだ!」と何度も何度も必死に自分に言い聞かせていました。

ひと通り解き終わったのは2時50分頃だったと思います。見直す時間などありませんでした。



ほっとしたのも束の間、恐れていた事態が待っていたのです。

難解と思えてしまう問題の連続に加え、迫りくる制限時間が気になり

先を急ぐため ひとつひとつのマークを簡単に付け、後でしっかり塗りつぶそうと考えていました。

10分あれば余裕だと思い、正しいマークの作業に取り掛かりましたが

極度の緊張からシャープを持つ右手が震えだし

なんとか半分マークした時点で時計を見ると残りは5分!


「まずい!」と思った瞬間、右手の震えはさらに激しさを増し

思わず左手で押さえ付けましたが一向に治まらず、机がガタガタと音を立てるほどでした。


マークが出来ない!どうしよう!


でも ここまで来て諦めるわけにはどうしても行きませんでした。

パニック状態のなか 両手でシャープを持ったり枠からはみ出しながらも

あと2分!あと1分とタイムアップまで必死の形相でマークを続けました。



午後3時試験終了。


短すぎると思えた あっという間の2時間!!

最後の興奮が冷めやらぬまま試験会場をあとにしました。



予想を超える難易度と悔やまれるマークのこと

ダメかもしれないというすっかり弱気で意気消沈した思いに駆られながらの帰り道でした。



それから合格発表までの1ヵ月半は、宅建の勉強から解放されたものの

何をしていても結果が気になって気になって仕方のない長い長い日々でした。




そしてようやく迎えた合格発表日、12月3日☆


午前9時35分、待ち望んだ吉報は仕事中の私の携帯に届けられました。


「いろいろ不安だったね・・・・・結果は・・・・・・・・・・・さくらさく・・・・・・合格です♪」


いち早くインターネットで合格発表を確認してくれた妻からのメールでした。


これを見た瞬間、嬉しいというよりも一瞬力が抜けたような、ほっとした気持ちでいっぱいでした。




送られてきた合格証を手にした喜びは勿論ですが、宅建漬けの4ヵ月の日々を振り返ると

私にも出来たという達成感と安堵の気持ちが大きいように思います。


そして、先生や宅建試験に向かい一緒に勉強し係わりを持てた方々

応援してくれた家族に心より感謝を致しております。





「たかが宅建!」

 そんな気軽な気持ちで受験を決めた "宅地建物取引主任者資格試験"


「されど宅建!」

 毎年多くの人生ドラマが静かに繰り広げられる熱き思いの世界がそこにはありました!



たまたま幸運にも合格出来ましたが、この試験に合格しなかったとしても

再度の受験は懲り懲りだと本気で思っていた私です。



試験合格後、宅建主任者登録実務講習の会場で8回目の受験にして合格されたという方と

お話する機会がありました。

8年もの間 あの勉強を続けられてこられたかと思うと 今でも頭が下がる思いです!



今年もまた多くの方がリベンジを決心されることでしょう☆

そしてまた次の資格試験に挑戦されて行く方々もいらっしゃいます!


そんな熱き信念に尊敬の思いを込めエールを送りたいと思います!!












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未分類 | コメント(6) | 2012/12/08 17:00

天使のララバイ♪





2003年8月、生後40日の仔犬がわが家にやって来ました☆


犬を飼うことにはあまり気が進まなかった私ですが

ワンちゃんと暮らしたいという みるくGIRLの強い要望に押し切られ

となり街の ブリーダーでもあるワンちゃん専門店に連れて行かれたのが みるくとの出会いとなりました。

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私が子供のころ ふさふさの白い毛を纏うスピッツと言えば

街でよく見かける 誰もが知っているワンちゃんでしたが

この頃には 驚くほど数が減り 滅多に出会うことがありませんでした。

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このとき、スピッツを見たのは 本当に久しぶりでしたが

今 思えば、スピッツの仔犬を見たのは これが初めてだったような気がします!

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目が合った瞬間でした☆

いやはや 自分自身どうかしちゃったんじゃないかと戸惑いましたが

この仔を連れて帰りたいという気持ちでいっぱいになってしまっていました!!

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3匹の兄弟姉妹はもうすでに引き取られていて この仔だけが残っていたそうです!


4匹のなかでは 一番小さかったようですが あまりの愛くるしさに

出逢うべくして出逢ってしまったという不思議な運命を感じずには居られませんでした☆

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そして みるくは我が家になくてはならない大切な家族になったのです♪

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初めて遊びに行ったドッグランは 浜松市の「犬の森 ポム」♪

秋も深まった みるたん生後4ヵ月の頃、まだまだあどけない表情をしていました!


この頃のみるくは とてもすばしっこくて 写真を撮るのも大変だったことを思い出します。

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成長して行くみるくと共に お出掛けの機会が増え

近隣や市内の公園を散歩したり 県内外のドッグランやドッグカフェを探しては

毎週のように訪ねまわり楽しい時間を過ごしていたあの頃♪

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みるくと一緒にいることで たくさんの方々との出会があり いろんな楽しい交流が生まれて行きました☆


このブログを始めることが出来たのも そんな出逢いがきっかけです。

行きつけのドッグカフェで出逢った ワンちゃんを愛する二十歳前のひとりの女性との交流は

現在のペット事情について いろいろと考えさせられ学ぶべき事柄の多いものになりました。


彼女が綴っていたブログを読ませてもらっているうちに ブログの魅力に引き込まれ

それまで思いも寄らなかったブロガーの仲間入りをしてしまうことになりました。

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あれから数年のときを経て

現在 彼女は生まれたばかりの赤ちゃんと幸せな毎日を過ごしているという便りを頂きました☆


今まで過ごしてきた みるくとの時間は 私たちにとってかけがえのない大きな軌跡となっています。


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ようやくあたたかくなり始めた3月25日の日曜日☆

ドッグランでは いつものように 私の投げたボールを 嬉しそうに追っかけて

元気いっぱい走っていたのですが・・・・・

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しかし その日を境にみるくの様子に異変が起きていました。

みるくGIRLが そのことに気付き 大事に至らないようにと

近所のかかり付けの動物病院で 診てもらうことになりました。



私は 「そうだね 診てもらえば安心できるよ」 と軽い気持ちでいたのですが・・・・・





















   


診察の結果は まさかの肺がんでした!

しかも もうすでに手の施しようがないという 信じがたい状態であるとのこと!!









この過酷すぎる宣告を受けた みるくGIRLは動揺を隠せないまま

それでも努めて冷静に 勤務中の私に連絡をくれました。






思いも寄らない連絡に私は驚きました。

込上げる思いと溢れる涙を堪えながら 懸命に診察の経緯を伝えているみるくGIRLと

今まさに病の中にいるみるくを思い 涙がどっと溢れ出しました。




通話が終わり 席に戻った私でしたが

気持ちの動揺と溢れ出る涙を止めることができませんでした。


メガネをかけているうえ花粉症のためマスクをしていることで

仕事中のまわりの皆さんには気付かれずに済みましたが

しばらくの間 放心状態になっている自分がいました。



仕事を終えたその日の夜、

万に一つでもという思いから 別の病院でもう一度みるくを診てもらうことにし

みるくを抱きかかえる みるくGIRLとふたり

この事態が何かの間違えであることを祈りながら車を走らせました。





先生は電話でお伝えしてあった事情を冷静に確認してくださったあと

丁寧に診察をしてくださいました。





レントゲン写真の撮影が終了し

先生に促され パソコンのモニターの映像を見ながら細かな説明を受けました。

深々と降りつづく雪が写し出されているかのような みるくの肺。

そのすべてが腫瘍だという・・・  どうすることも出来ないという・・・ 宣告でした。


先生が辛そうに説明して下さるその内容に

私たちが期待していたわずかな希望を 諦めざるを得ないときが来たことを認識しました。


少しの違いも無かったふたりの先生の診断を受け

残り僅かになってしまった みるくの命を最後まで診とろういう私たちの気持ちは決まりました。




季節はまさに春を迎え さくら満開のころ。



今ならまだ みるくに綺麗なさくらを見てもらうことができる・・・

爽やかな風を身体いっぱい感じてもらうことができる・・・

みるくを抱いて最後になるかも知れないお出掛けもしました。



もしかしたら みるくは病気を克服し元気になるかもしれない!!

そんな奇跡があっても 何の不思議もない!!


そんなことを願いながらの毎日でした。




レンタルした酸素ゲージを試しもしましたが

みるくがその効果を実感できたかどうかは判りません。




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4月初め 春の嵐が日本列島を駆け抜けた日、みるくは天に召されて行きました。


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まさに さくら満開の季節☆

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気持ちの良いロケーションが広がる日本平の中腹で 富士山に見守られながら

みるくを荼毘に付しました。

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穏やかな眼差しの とても心優しい みるたんでした!

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いつも感じさせてくれていた 心安らぐ天使のララバイ♪

いつも傍に居てくれたあなたに どんなに癒されたことでしょう・・・

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ときに愛らしく!  ときに凛々しく!!

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チャンピオンの血統を受け継ぐ 誇り高き日本スピッツ☆

犬名を 「CHANEL OF BEACH SHOWER JP」 (シャネル オブ ビーチ シャワー ジェイピー) といいました。

わが家での愛称は 「みるく」♪ 

真っ白く輝いていた8年8ヵ月でした。





これまで みるくと出逢い楽しい時間を一緒に過ごしてくださった皆さん ありがとうございました。


天に召されて行きましたが みるくはこれからも私たちと繋がっていることにかわりはありません。

これからも みるくが伝えてくれた天使のララバイを感じながら

「みるくとララバイ♪」  タイトルを変えることなくこのブログを続けて行こうと思います☆






未分類 | コメント(14) | 2012/04/14 23:45

☆幸せ探し☆

今日は とっても ステキな男の子に 会って来ました

その子の名前は ライト君  ぴったりの いい名前ですね

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でも ライトって名前は 仮の名前   仮母がつけてくれた名前です

そう この子は元繁殖犬で 預かりママのところで 新しい家族を 探しています

どんな 生活を してきたのか 想像もつきませんが 彼を見ていると これからは

いっぱい いっぱい 幸せになるんだよ そんな思いが あふれてきます

そして 私たちを 幸せにしてくれる力を いっぱいもっている子だと 思います

一緒に 生きていってくれる家族に 本当の名前を 呼んでもらえる日が 早くきますように・・・・・


ライト君のことは こちらで 「仮ママ日記☆短足兄妹と幸せ探し☆

未分類 | 2008/05/13 23:40
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